一般社団法人 日本薬剤疫学会

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生態学的研究 Ecological study

定義

生態学的研究(Ecological study)は、経時的または異なる地域間での疾患発生の傾向を調べ、薬の使用率など想定される曝露の傾向との相関を集団間で検討する研究デザインである。生態学的研究は傾向分析(Analyses of secular trends)とも呼ばれ、仮説を迅速に得るには有用な研究デザインである。しかし、観察の単位は集団であるため、個人レベルの交絡変数を制御することができない。集団レベルで観察された関連を個人レベルにあてはめてしまう誤りを生態学的過誤(Ecologic fallacy)と言う。集団レベルの観察結果を個人レベルの因果関係の推論に用いるには限界があるため、個人特性を考慮した分析疫学研究(コホート研究、ケース・コントロール研究など)での検討が必要である。

生態学的研究は仮説を示唆するのみの予備的な研究デザインとみなされがちであるが、集団レベルの推論が個人レベルの推論に勝る場合がある。例えば、曝露量の差が、集団内では小さいが集団間で大きい場合である。食塩摂取量と血圧の関連、脂肪摂取と乳がん発症の関連は、個人レベルでは検出できず、食塩摂取量や脂肪摂取が大きく異なる集団間を比較する生態学的研究で明らかになった。

実例

旧西ドイツで、それまでほとんどみられなかったタイプの新生児の奇形が、1959年頃から急増していることが報告された。それはのちにサリドマイド胎芽病とよばれ、手足だけではなく内臓にも奇形欠損を含む新しい症候群であった。この奇形多発の原因は、1957年に旧西ドイツで鎮静催眠薬として発売されたサリドマイドであるとされ、動物実験とともに、サリドマイド販売量と奇形の出生数をグラフ化した生態学的研究の実施により裏付けられた。

日本でも、サリドマイド販売量と奇形児の出生について時間的な傾向が一致するとともに、販売量と奇形児の出生には地域的な関連(販売量の多い地域で奇形が多い)があることも明らかにされている。

のちに原因究明のためにケース・コントロール研究も実施され、この医薬品の副作用によって多くの人々の命が奪われた事件として「薬害サリドマイド事件」がある。わが国の薬害概念が形成される端緒となった。

参考資料

    • 川上浩司, 漆原尚巳, 田中司郎 監. 薬剤疫学研究に使用する研究デザイン 疫学研究デザイン. In:ストロムの薬剤疫学. 南山堂, 2019. p.30.
    • 佐藤嗣道. 薬剤疫学研究により明らかにされた薬効と安全性 10 サリドマイドの催奇形性. In:景山茂, 久保田潔 編. 薬剤疫学の基礎と実践. ライフサイエンス出版, 2021. p.72–8.
    • 佐藤嗣道. 薬害 1 薬害~教訓を生かし, 薬害を起こさないために~ 2 サリドマイド. In:景山茂, 久保田潔 編. 薬剤疫学の基礎と実践. ライフサイエンス出版, 2021. p.100–5.
    • 木原正博, 木原雅子 訳. はじめに 第1章 分析疫学における基本的な研究デザイン 1.3 生態学的研究. In:アドバンスト分析疫学 : 369の図表で読み解く疫学的推論の論理と数理. メディカル・サイエンス・インターナショナル, 2020. p.13–7.