症例報告 Case report
定義
症例報告(Case report)は、単独の患者で観測された事象に関する詳細報告である。薬剤疫学では、ある医薬品の曝露により特定の有害事象を生じた患者症例の詳細(患者背景、有害事象と転記、検査結果、医療行為、薬剤情報など)が報告される。特に医薬品の影響に関する仮説を立てる上で有用である。
一方、報告された事象が当該の医薬品の曝露によるものか、曝露に関係なく発生しているのか、または原疾患によるものかを決定することは通常困難である。例えば、ある薬剤の投与後に有害事象が発生し、薬剤投与中止にて有害事象が消失し、投与再開で有害事象が再度発生したPositive Rechallengeと呼ばれる症例報告は、薬剤と有害事象の因果関係の推定に役立つが、偶然の可能性も否定できない。
CIOMS VI ワーキンググループ報告書「臨床試験からの安全性情報の取り扱い」では、個別症例報告での因果関係評価は主に当局報告要否の決定に用いるべきであり、個別症例報告が報告バイアスの影響を受けることや、不完全な報告、因果推論に必要な曝露患者数の欠如のために、それのみでは有害事象との因果関係の検討の根拠に乏しく、臨床研究などの集積データの解析を組み合わせた評価を行うべきとしている。
実例
糖尿病の基礎疾患がある80歳台の女性。腎膿瘍のために入院し、静脈内アンピシリン-スルバクタム投与とドレナージにより改善がみられていた。抗生物質による治療開始から28日後に舌に黒い変色が見られ、特徴的な視覚検査に基づき抗生物質誘発性の黒毛舌と診断された。患者はセフェムアレルギーがあることから、患者本人に別の抗生物質への変更はためらわれること、口腔衛生を良好に維持することで薬剤変更がなくとも改善の可能性があることを伝えると、本人は現在の治療継続と口腔衛生の維持を選択した。診断から2週間後、抗生物質療法は続いているにもかかわらず舌の変色が褐色へと変化が見られ、抗生物質療法の終了3か月後に、舌はほぼ正常に戻った。
参考資料
- 川上浩司, 漆原尚巳, 田中司郎 監. 薬剤疫学概論 第2章 薬剤疫学研究に使用する研究デザイン 疫学研究デザイン. In:ストロムの薬剤疫学. 南山堂, 2019. p.28–9.
- 川上浩司, 漆原尚巳, 田中司郎 監. 薬剤疫学のデータソース 第7章 市販後安全性監視自発報告システム. In:ストロムの薬剤疫学. 南山堂, 2019. p.132–55.
- 川上浩司, 漆原尚巳, 田中司郎 監. 薬剤疫学方法論の専門的課題 第13章 因果関係が疑われる有害事象の症例報告の評価. In:ストロムの薬剤疫学. 南山堂, 2019. p.307–11.
- Council for International Organizations of Medical Sciences and Working Group VI, Management of Safety Information from Clinical Trials – Report of CIOMS Working Group VI, Geneva: WHO Press, 2005.
- Strom BL, Kimmel SE, Hennessy S. Pharmacoepidemiology. Chichester, West Sussex, U.K.: Wiley-Blackwell, 2012.
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