一般社団法人 日本薬剤疫学会

すべての人々により安全な医薬品を

理事長挨拶

日本薬剤疫学会は、1995 年に発足してから 20 年超を経過し、学問としての薬剤疫学は既に成熟期に進みつつありますが、今まさに新たなパラダイムへの挑戦と試練が課されています。薬剤疫学は、これまでのところ、医薬品の市販後における評価を主なテーマとして取り扱い、特に疫学的手法による安全性に関する調査研究が主体であったため、医薬品安全性監視を意味する Pharmacovigilance と同義とされることもありました。

その一方で、従来の医薬品の開発段階における介入研究に基づく評価軸は、費用や手法、またその実用性の面で大きな限界があることが共通の認識になりつつあります。世界のみならず日本においても、医薬品リスク管理計画の導入、医療情報データべースから得られるリアルワールドエビデンスの薬事上の意思決定における利用の制度化が進みつつある現在、従来より薬剤疫学で用いられてきたデータソースや、観察データの解析手法が、医薬品開発の観点からも脚光を浴びるようになり、医療界及び産業界における議論の焦点になりつつあります。薬剤疫学は、もとより、レギュラトリーサイエンスと言われる系統的な医薬品等の開発評価に連なる科学分野の一つとして、人における評価を疫学に基づき行うことを目的とした基礎学問分野であります。かつてより、観察データは、コレラ流行の抑制やサリドマイド禍におけるレンツ警告にて重要な役割を果たしてきました。昨今の医薬品開発で見られるように、バイアスの制御がより困難な観察データを用いる薬剤疫学研究を薬事行政上の意思決定の拠り所とすることは、レギュラトリーサイエンスにおける、元より薬剤疫学の範疇であった観察研究への邂逅であり、かつ新たなパラダイムであります。医薬品・医療機器・再生医療製品のライフサイクルにおけるベネフィットリスク評価と適正使用推進,そして新規モダリティ導入時の公衆衛生上の課題解決における薬剤疫学的方法論の重要性はさらに増すものと思われます。

さらなる薬剤疫学研究の普及と科学的妥当性の確保に向け、特に若手研究者の育成のための研修の機会・教育コンテンツの充実や、研究基盤の整備や方法論的課題の解決法の提案を通じた研究水準の向上、さらに国際間協調・学会間交流の枠組みを推し進めたいと考えております。

一般社団法人日本薬剤疫学会
理事長 漆原 尚巳
慶應義塾大学薬学部
医薬品開発規制科学講座 教授